卒業生インタビュー 西村達也/聡子

● 本科卒業生インタビュー 私の寺業計画書

お寺の可能性を開くのは
門徒さんの力と信頼関係

西村達也

(浄土真宗本願寺派 無量山西法寺 住職)
1962年北九州市生まれ。龍谷大学文学部仏教学科真宗学専攻を’85年卒業。自坊法務の傍ら鎮西敬愛学園宗教科で非常勤講師を勤めた。’97年には第十三世住職に。2014年3月、足掛け10年に及ぶ本堂建立事業の集大成として大法要を執り行った

西村聡子

(浄土真宗本願寺派 無量山西法寺 坊守)
1966年佐賀県基山町の浄土真宗本願寺派 専念寺に生まれる。’87年に中村学園短期大学幼児教育科を卒業後、見真幼稚園に勤務。’92年に得度し、翌年西法寺に嫁ぐ。’97年からは坊守に。月1回は保育園で子どもたち向けの法話会も行っている


 

お寺の潜在能力、人々の力をどう活かすか
具体的な突破口を求めて未来の住職塾へ

住職:「住職になって40代が過ぎ、50代に入り、何かもう一歩踏み出せていないような焦燥感がありました。私は、お寺には大きな潜在能力があると思います。ここには仏さまがいらっしゃって、さまざまな門徒さんがいらっしゃる。長い間に築かれた信頼関係があり、集う場所もあります。この可能性に満ちたお寺を、もっともっと人々と地域のために活かしたい。それこそ住職の大きな責務の一つだと感じていたのですが、具体的にどう進めたらいいのかが難しい。そんな時、未来の住職塾に出会ったんです。」

坊守:「この10年ほどで新しい納骨堂ができ、本堂も完成して。お寺が一歩ずつ良い方向に進むほどに、実は「もし万一、住職が居なくなったら…」という不安を抱えていました。未来の住職塾を機に少しでも住職の意識に近づければ、と思ったんですが、蓋を開けてみると別々のクラスで(笑)。でも、おかげで大切なことに気づけたんです。私は住職と同じようにはできないけれど、私なりの色や良さを出してもいいんだ、と思えるようになったこと。それは、私が一番欲しいと思っていた自分を肯定する力。そういう意味での自信が芽生え、救われたような気がしました。」

 

座学講義+ワーク→寺業計画書®の構築
強みを見極め、お寺の使命を導き出す

住職:「突破口を探してもがいていた私にとって、世の中には何と多くの「知恵」があるんだろうと、新たな可能性を感じてワクワクしました。仲間たちとの出会いも心強かった。世代や宗派は違っても、「いいお寺(コミュニティ・社会)にしたい」という志は同じ。塾生、スタッフという垣根もなく、みんなが互いに尊重し合い、謙虚に学び合える場だったことにも感動しました。」

坊守:「私も。クラスの皆さんの意見や活動の背景などを見聞きするうちに、打ち解けあって受け容れあって。私は固定観念に囚われやすい方なんですが、少し柔軟になれたように思います。もう一つは、物事をきちんと見る視点を学んだこと。お寺の歴史や取り巻く環境を分析し、強みや弱みを冷静に見極めていく。そうすることでより鮮明に西法寺が見えてきて、自分なりの「お寺の使命」が導き出せたことも貴重な体験でした。」

 

同じ体験を共有し、夫婦で分かち合えた喜び
お寺に関わる仕事はやっぱりおもしろい

住職:「同じ体験を共有し、学んだことを夫婦で語り合い、分かち合えたのもよかった。塾に出合って、さらにお寺に関わる喜びと、そこで住職をさせていただくやりがいを感じています。お寺の可能性を開くのは、やはり門徒さんたちの力だ。未来の住職塾+同時期に行われた大法要の準備を通して、私はそのことを確信しました。その力を信じて、仏さまを中心とした中で生まれる信頼関係を地道に築いていくこと。かけがえのないいのちを生きる私たち一人一人が、心の底から「生まれて本当に良かった」と言えるお寺づくりを目指して、これからも取り組んでいきたいと思います。」

 

100名体制の実行委員会組織
で執り行った大法要
折にふれて異世代が集う境内の縁側

 


卒業生インタビュー『 私の寺業計画書 』

● お寺の可能性を開くのは門徒さんの力と信頼関係
西村達也/聡子 (福岡県北九州市 浄土真宗本願寺派 無量山西法寺)
●「楽しいお寺」で人を集め、「選ばれるお寺」の実現へ
河村照円 (茨城県石岡市 真言宗智山派 阿弥陀院)
● 地域の喜びと悲しみを包み込むお寺を目指す
小原泰明 (愛知県豊橋市 曹洞宗 日東山西光寺)
● 自分が変わり 門徒さんも変わりはじめ そして、お寺が変わった
渡邉元浄 (静岡県伊豆の国市 真宗大谷派 正蓮寺)